アートやデザインの分野から気になる人物を紹介(第1回:バンクシー)

robynhobson / Pixabay
世の中にはいろいろな分野ですばらしい作品や実績を残した人が数多く存在します。その中から特に気になる人物をアートやデザインの分野から紹介いたします。そのシリーズ第一段として今回はバンクシーを紹介します。
バンクシーとは
バンクシーを一言で表すと『正体不明のグラフィティアーティスト』という認識の方が一番多いのではないかと思われます。他にも大英博物館でのゲリラ展示はあまりにも有名で、このことから「芸術テロリスト」とも呼ばれています。バンクシーは本名はおろかその素顔から一切が明らかになっていません。わからないからこそ知りたくなるというのが人の常です。それではバンクシーについていろいろと見ていきましょう。
グラフィティとは
そもそもグラフィティとは何かを最初に説明いたします。グラフィティとはイタリア語の「graffito(引っ掻き跡)」が語源と言われています。始まりは70年代のニューヨークでスプレーやマーカーを使用して壁や電車に自分の名前などを描いていくというものでした。その後の80年代にはグラフィティアーティストの一部は新表現主義として注目されることになります。その中にはキース・ヘリングやジャン・ミッシェル・バスキアなどがいて一気にメディアから注目を集めることになります。その背景にはアンディ・ウォーホルの存在があり、彼との共作は多くの美術館が作品を購入するにいたります。(先日、ZOZO TOWNの社長がバスキアの絵画を62億円で落札されたと話題になりましたね。)第二世代のグラフィティとしては、バリー・マッギーやカウズなどがいます。カウズは「A BATHING APE」や「ユニクロ」とのコラボで有名で知っている方も多いと思われます。そして第三弾世代のグラフィティアーティストと言われているのが今回紹介するバンクシーと言われています。
ステンシルとは
バンクシーがグラフィティに用いる手法にステンシルがあります。ステンシルとはステンシルプレートの略称で、プレートの形をなぞって線を引いたり、スプレーを吹き付けることによって絵を描く技法です。ステンシルは事前にテンプレートを作成する必要があり、モデルや構図には一定の計画性を必要とします。
イグジステンシリズムとは
「イグジステンシリズム」とはバンクシーによる造語で「実存主義(Existentialism)」と「ステンシル主義(Stencilism)」を掛け合わせたものです。
作品から見るバンクシー
バンクシーのボム(作品)を主要作品を中心に見ていきます。これらを読み解くことでバンクシーの意図するところが少しでも理解できるかもしれません。
Something in The Air / FlowerThrower

Photo by welshkaren
覆面姿の過激派が火炎瓶ではなく花束を投げているユーモラスな作品。バンクシーの暴力へのアンチの姿勢が読み取れます。
Gangsta Rat(不良ネズミ)

Photo by Banalities
バンクシーが好んでモチーフにしたキャラクターにネズミがあります。弱者や嫌われ者の思いを代弁していると読み取れます。ネズミのモチーフを擬人化し、コミック調にしたのが「Gangsta Rat」です。
Laugh Now(今は笑うがいい)
擬人化したキャラクターにはネズミの他にチンパンジーがあります。その中でも有名なのがこの「Laugh Now」です。無名時代のバンクシーの心の叫びと共に労働者階級の若者の心情を代弁する言葉だとされています。
Untitled(壁の向こう側にはビーチがある)
バンクシーの作品の中でもパレスチナの「アパルトヘイト・ウォール(分離壁・隔離壁)」へのボムは特別な意味を持ちます。バンクシーの解説は次のとおりです。
バンクシーはこのシリーズのほかにも政治的メーセージの強い作品を多く作成しています。
Bomb Hugger(ミサイルを抱きかかる少女)
バンクシーは「人間には4つの基本的欲求がある」といい、それは「食、睡眠、セックス、そしてリヴェンジ(=報復)だ」という。この作品や「リボンをつけたヘリ」や「ピースマークを描く兵士」は、戦争の「ばからしさ」や「クレイジーさ」に対する皮肉を込めたバンクシーらしい表現といえます。
Napalm(ミッキーマウスとドナルドにどこかへ連れてゆかれるベトナムの子ども)
こちらはグローバル企業による児童労働や搾取をモチーフにしたグラフィティであり、ヴェトナム戦争時に、米軍の空爆で焼き払われた南ヴェトナムの村から裸で逃げ出してきた少女の姿とミッキーマウスとドナルドをモンタージュして描かれています。ヴェトナムにはマクドナルドのハッピーミールについてくる玩具やディズニーのキャラクターグッズを製造するスウェットショップがあり、そこで若い女性達が時給6セントで働かされていたといい、この「Napalm」はこの少女がミッキーマウスとドナルドによってスウェットショップに連れて行かれる様を描いているともいえます。
Untitled(ロードコーン)
うねりながらロードコーンが地中に沈んでいくようにも見える、違和感のあるインスタレーションです。日常のちょっとした物事に違和感を与えることで、疑問を抱かせることが目的なのでしょうか。
Vandalised Phone Box(電話ボックスの死)
公衆電話ボックスにつるはしが刺され、見事に二つに折れ曲がっています。公衆電話ボックスからは血が流れ、擬人化されているのも特長的です。今はあまり使われない公衆電話ボックスから時代の変化を表現しているのか真意は不明です。映画「イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ」で、その制作過程が確認できます。
WILD STYLE(ワイルド・スタイル!)
“「実際、この世の犯罪の多くは、非服従ではなく、服従という名の下に起こっている。どんな権威にも盲目的に従う奴こそ、真の危険人物だ」”
これらのことから絶対的服従の象徴とも捉えられる家畜を使用したと考えられます。
Paris Hilton CD(パリス・ヒルトンのCD)
2006年にギネスブックで「世界で最も過大評価されている人物」として認定された”セレブ”、パリスヒルトンが発表したCDアルバム「パリス」500枚にバンクシーが改変をし、イギリス国内で置き換えるというパフォーマンスが行われました。この様子はYouTube上でも公開され世間に知られることになりました。メディアによって造りあげられたなんの価値もないCDに対して、バンクシーの答えなのでしょう。500枚のうち店頭で発見されたのは10枚程度で、それ以外は実際に販売されたそうです。クレームもまったく届いてないということから、バンクシーの改変版を求めて購入されたのか、もしくは何も知らずに正規のパリスヒルトンのCDだと思って聞いている人が中にはいるのか非常に興味深いです。
映画監督としてのバンクシー
バンクシーは映画「イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ」を制作しております。本作はアカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にもノミネートされました。
STORY
ロサンゼルスで古着屋を営む、フランス人のティエリー・グエッタは片時もビデオカメラを離さないという奇妙な習慣があります。ティエリーはある日フランスに戻った際に、いとこが「インベーダー」という名のストリート・アーティストであることを知ります。ティエリーはそこから「インベーダー」によるストリート・アートの活動に興味を抱き、「インベーダー」の活動を映像に収めていきます。ティエリーはロサンゼルスに戻っても「Obey」こと「シェパード・フェアリー」を中心に様々なストリートアーティストの映像を撮り続けます。ティエリーはその頃に伝説のストリート・アーティストである「バンクシー」の活動も映像として残したいと考えます。しかし、誰に聞いても覆面アーティストのバンクシーに接触することは不可能だと言われます。そんな時、奇跡が起こります。ロサンゼルスに来たバンクシーの案内役がトラブルに巻き込まれます。そのため「バンクシー」は新たな案内役を必要とし、ロサンゼルスに詳しいやつはいないかと「シェパード・フェアリー」に相談します。こうして「シェパード・フェアリー」に紹介される形でティエリーはバンクシーに接触することに成功します。ここからティエリーはバンクシーの案内役としてその活動を映像に収めていきます。それはロンドンに戻っても続きます。ある日、バンクシーは撮りためた映像を映画にしてはどうだとティエリーに進めます。ティエリーはバンクシーから勧めらたことを喜び、映画を完成させます。しかし、それを見たバンクシーは見るに堪えない代物を前にし対応に困ります。ティエリーの映画監督としての才能のなさを誤魔化すために、ストリート・アートを進めます。本気にしたティエリーはアーティスト・ミスター・ブレインウォッシュを名乗り活動を繰り広げます。それは次第にエスカレートしLIFE IS BEAUTIFULという大規模な展覧会を開催することになります。バンクシーはストリート・アーティストとしてのミスター・ブレインウォッシュの才能のなさを感じるも、仕方なく推薦分を投稿するにいたります。ミスター・ブレインウォッシュはそれを広告に利用するなどして、5日の予定だった展覧会を2ヶ月に延長するなど大成功を収めます。
この映画からはバンクシーの意図するところがいくつか感じられます。それは一体なんなのでしょうか?
アートに対して否定的なバンクシーによるアートへの皮肉
バンクシーがもともとのタイトルを「クソのような作品をバカに売りつける方法」としたかったんだ。と言っていることからもその意図が感じられます。しかし、最終的にそのタイトルには至らなかったことから他の真意があるようにも感じられます。
バンクシーの活動を記録として残す手段
バンクシーが本編で「いわゆる芸術は何百年も後まで残ることが前提だ。ブロンズ像しかり絵画しかり。でも僕らの作品ははかない運命だから記録する人間を必要としていた。」と言っていることから少なくとも当初は記録としての目的もあったのかも知れません。
アートへの価値の認識
ミスターブレインウォッシュは一体何者なのか、本当のところはわかりません。しかし、この映画を見た者にとってミスターブレインウォッシュへの評価は実際の作品がどうであろうと少なからず近いものがあるのではないでしょうか。真実であれフィクションであれバンクシーによるブレインウォッシュが行なわれていることは間違いありません。
バンクシーを知る
バンクシーをより詳しく知るために、いくつかの商品をご紹介します。
Wall and Piece
バンクシーを知るための入門書とも言うべき1冊。初期バンクシーの作品が日本語の解説と共に紹介されています。
YOU ARE AN ACCEPTABLE LEVEL OF THEREAT
Wall and Piece以降の作品をまとめた1冊。Wall and Pieceとこちらの2冊を抑えておけばまず間違いないでしょう。
BANKSY YOU ARE AN ACCEPTABLE LEVEL OF THREAT【日本語版】
IN NEW YORK
バンクシーが2013年10月に1ヶ月の間に毎日1点ずつ作品をニューヨークのどこかに展示した活動をまとめた1冊。日毎にページも分かれており、日記を見ているような楽しさが味わえます。
BANKSY IN NEW YORK バンクシー・イン・ニューヨーク【日本語版】
ユリイカ2011年8月号 特集=バンクシーとは誰か?
ユリイカによるバンクシー特集号。バンクシーの説明に加え、バンクシーに興味を示す様々な著名人の言葉が収録されています。バンクシーをより深く知りたい人には必見の一冊です。
ユリイカ2011年8月号 特集=バンクシーとは誰か? 路上のエピグラム
週間金曜日2016年3/25号 特集=バンクシー
週間金曜日など、普段は気にすることなどないのですがバンクシーの特集ということでついつい購入してしまいました。実際特集というには大袈裟でバンクシーに関するページは5ページ程しかありません。内容はバンクシーがNYで行ったパフォーマンスに関してです。いとうせいこう×しりあがり寿の対談の掲載があるので気になる方は読んでみるといいかも知れません。
EXIT THROUGH THE GIFT SHOP
今回の投稿でも紹介した、映画「EXIT THROUGH THE GIFT SHOP」。バンクシーファンでなくとも楽しめる作品なので、まだ観てない方は、観て損の無い一作です。
私利私欲が働くことでアートは一瞬にしてつまらないものとなってしまいます。バンクシーは金銭的な目的がないというだけでなく、世の中に対して意味のある作品を作り続ける本当の意味でのアーティストの中の数少ない一人です。バンクシーはこれからも世に問いかける重要なアート作品を作り続けていくことでしょう。今後のバンクシーの活動にも期待が込められます。